「内向き」は禁止?

夜更けの北千住駅西口の一角からすばらしいハーモニーが聞こえてきたので、その発信源に急いだ。男性2人と女性1人のグループが力強く歌っていた。
ギターを掻き鳴らす男性を中心に、3人は三角形を形作ってお互いを見ながら歌っていた。張り上げる一人ずつの声は別々の個性が際立つのに、混じり合うと太い調和となり、魂に迫るものを感じた。
だが2曲聴いたあたりで、おや?なんだか嫌な感じがかすかに漂ってきたぞ。彼らが客を全然見ないことに気づいた。
客は数名しかいない(寒かったせいもあるかもしれない)。でもせっかく立ち止まってくれている客を完全に無視しているのはどういうことだろうか。客(というか通行人)に聞かせているのではなく、自分たちだけのために歌っているように見える。
いかにも楽しげに笑いながら歌っている。3人の世界は相当楽しいらしい。
僕は立ち去った。遠くまで彼らの声は響いていた。


そこで思い出したのが、娘のダンス観である。
娘は長年ヒップホップのダンスを習っていて、最近もダンスイベントに参加したので観に行った。
彼女が属するチームは10人ぐらいの大編成で、めくるめく果てしない展開しまくり演出が見所だ。展開の大きな変化のつなぎ目で、必ず使うのが「輪になって走る」パターンだ。メンバー全員が輪になって大股で跳ねながら走るのだ。
来た来た! ここから怒涛の後半だ! と胸が高鳴る場面だよな、とあとで娘に話したら、「あのパートは嫌い」と意外なことを言うのだった。
「あそこは内向きのパートだから」嫌いなのだそうだ。
ダンスはほとんどステージから客に正対し、客に面と向かって自分のパフォーマンスをアピールし続けるものだが、「輪になって走る」は、客を無視しチームのメンバーたちがお互いを見ながら勝手に楽しむ行為だ。
なるほど、ダンス歴10年ともなると、なかなかプロっぽいことを考えるものだ。
そして自省した。つまり阿波踊りの話につながってしまうのである。「内向き」は禁止。


もっとも、娘にヒップホップを指導している手練のダンスインストラクターが、考えなしにダンスの中盤に「内向き」パートをもってきたとも思えない。後半、外に向けて爆発するためにエネルギーをチャージする儀式なのかもしれない。
(じつに)